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心の中がモヤモヤモヤモヤして
何かをしたいのに
何をすれば良いのかがわからなくて
きのうから記事を書いては消し。書いては消し。


どうしても何かを書きたくてアップしてしまったけど
ここから下は、超ネガティブな文章が続きます。

後になってまた記事自体を削除する可能性もありますので
コメント欄も閉めています。すみません。



追記:あまりにも個人的な内容のため
削除しようかとも考えましたが
やはり書き留めておきたいものだから
このまま残すことに決めました。

ただ、みなさまが読んで楽しい内容ではないので
ここから下は、
どうしても気になるわ!という方だけご覧下さいませ。

ちなみに、ハピィは一切出てきません。
悪しからずご了承願います。









40歳にもなれば
始まりがあれば
必ず終わりがあることくらい
わかってはいるけれど



40歳にもなれば
ひとの命の終わりに
接したことが無いわけでは
ないけれど



40歳になっても
やはりひとの命の終わりを
穏やかに受け入れる心は
持てそうも無い




それなのに
彼も
彼女も
その日が近い






お別れが
避けられないことならば
きたるその日を
受け入れることが出来るように
丁寧に
感謝の気持ちを持って
ヘソの下
踏ん張って
私に出来る事を
ひとつずつ







どうか
彼らが
苦しまず
穏やかに
その日が迎えられますようにと
切に切に祈りながら














辛そうなshinさんを見舞うと
何と声をかければいいのかわからず
毎回とても悩みます。


そして、遠い関東で同じ病と闘う叔父を思い
イメージが重なって
辛くて辛くて仕方ありません。








▼3週間前の初めてのお見舞いの時

痩せて・シワが増えて・動けなくなって・
声がかぼそくなった彼女を見てショックを受けた。

水を飲むために体を起こすことも出来ない。
骨ばかりのゴツゴツした体になっていた。

でも、お喋りを始めると、
全体的に弱々しくなったとはいえ
私のよく知るお喋り好きなshinさんだった。

2時間弱。
過去の楽しかった思い出をひたすら喋っていた。



「40歳なの?いいわねぇ。
すごくいい年齢よ。
私、あなたの頃が一番楽しかったわ。」


「死ぬのが全く怖くないかと言うと
やっぱり不安はあるんだけどね。
こんな痛い辛い思いをするなら
もう早く天に昇りたいと思うのよ。
先生には悪くなってきたら
延命は一切しないでくださいって言ってあるの。」


「最初は
“こんな病気になってこんな思いをするなんて
私はそんなに悪いことをしたかしら?”
ってずーっと考えてたけど
やっぱり私は
そんな悪いことはしてないと思うのよ。」


「先生からは
“今のうちに話したいことは全部話して下さいね”
って言われるのよ。
もう年は越せないんだって。」


「息子が幸せに暮らしてくれれば
もう何も言うことはないのよ。
一人っ子だから
他に家族がいなくなるのは
可哀想だと思うんだけどね。
仕事が忙しいのに
合間を縫ってしょっちゅう来てくれるのよ。」


「孫にも子どもが生まれて
私にひ孫が出来たのよ。可愛いでしょ。」
(写真を見せてもらった)








▼2週間前のお見舞いの時

お風呂に入れてもらった直後だったため
肌にハリが戻り顔色も良く心地良さそうだった。
会った瞬間は“回復するのでは?”と思うほど。

相変わらずホスピスに入っている患者さん
というイメージからは程遠いくらいお喋りをした。
1時間半強。

ただ食べ物はほとんどとっていないよう。



「やっぱり私は悪いことはしてないと思うし
先生もそうだって言ってくれたの。」


「ホスピスに入ったら、
大体みんな3ヶ月らしいんだけどね、
私もうそれくらいになるのよ。
でもまだお迎えが来ないってことは
私がこの世に未練があるのかと
思ったりもしたけど、
やっぱり未練はないのよね。
こんな思いしながら
長くこの世にいなくてももういいんだけど。
何かやり残したことがあるのかしらね?」


「息子とは一緒に暮らしてなかったから
私の付き合いは知らないでしょ。
だからカレンダーに
お見舞いに来てくれた人の名前を書いて、
アドレス帳に住所と名前を書いてもらってるの。
あなたも書いてね。」


「こんな病気になってしまったけど、
この病気になってから
不思議なご縁がいっぱいあるのよ。
ほんの4日間 同じ病室にいただけなのに
こんな優しいお手紙下さったり。
ずっと連絡とってなかった人から
突然連絡もらったりね。
ありがたいわね。
人のご縁って本当に不思議でありがたいのよ。」







▼1週間前のお見舞いの時

この1週間で一気に衰弱が進んだ。
足がむくんで2倍くらいになっている。
今週はもうお風呂も無理だという。
それでも、弱々しいながらもお喋りは出来る。
1時間。


「ここ(ホスピス)に入ったら
“治療”は一切しないでしょ。
そしたらね、癌がはりきってるのよ。
どんどん皮膚の表面にまで出てきてね。
まるで私の下半身に
癌の花が咲いてるみたいにポコポコ出て来ててね。
癌の勢いってすごいのよ。」


「もうずっと辛いのよ。
どうしてお迎えが来ないのかしらね?
誕生日(3週間後)までも
もたなくていいと思うんだけど。
こればっかりは自分でどうしようも出来ないから。
もう本当に何も自分で出来ないの。
死ぬことさえ出来ないのよ。
でも、先生に頼んだら先生が困るでしょ。
法律で駄目ってことになってるしね。
・・・あー、こんな暗いことばっかり話したらだめね。
こんなことは言わない方がいいわ。
楽しい話しましょ。楽しい話。」


「私の少女時代に書いた日記がまだ残ってたのよ。
戦中の避難生活とかが書いてあるんだけどね。
私が生きた証よ。これは。」
(これをコピーさせてもらえば良かった!
絶対に読む価値がある内容だった)


「私、十分楽しんだし、いい人生だったと思うのよ。」


「息子はやっぱり息子ね。
私がしてほしいと思うことをわかってくれて
何も言わなくてもさっとやってくれるのよ。
お嫁さんもね、最初は嫁姑って感じだったけど
ここに入院してから
お互い気を使わなくて自然にいられるようになって
家族になったと思ったのよ。」


「ここのスタッフの人たちも
みーんないい人達で何の不自由もないのよ。
ありがたいねぇ。」







▼きのうのお見舞い

鼻にチューブが入っていた。
チューブを入れていても酸素が入らず
呼吸が出来なくて辛いと言っている。
手もむくんでいる。

いつも不調を隠そうとするshinさんが
辛いという言葉を連発。
よほどきついのだと思う。

でも それと同時に
ありがとう・ありがたい、という言葉も
口から溢れてくる。
感謝の言葉を続けるshinさんは
体はとても辛そうだけど
心は穏やかなようだった。
それが余計 お別れの近さを感じさせて
胸が締め付けられる。



「きのう息子が来てくれてね。
今日から出張よ。これでお別れだと思うの。
息子は私がいなくなってももう大丈夫だから。
ありがたいね。」


「死ぬ間際まで
こんなに苦しまなきゃいけないのかと思うけど
こればっかりは仕方ないね。
でも、ここのスタッフの人たちは
みんな優しくていい人達よ。
本当に良くしてもらってる。
ありがたいね。」


「いつも来てくれてありがとう。
あなたも幸せになってね。
いい旦那さんがいるから大丈夫ね。
本当にありがとうね。
寒いから風邪をひいたりしないようにね。
気をつけて帰ってね。
本当にありがとう。
ありがとうね。」


あまりにも辛そうで
長居は出来ず10分もいられなかった。






偶然このホスピスには
知人が看護士として働いていて
きのうもバッタリ会った。

こんな状態の時に
お見舞いに来てもいいものかと悩む、
と聞いたところ

「shinさん自身は
心の準備が出来つつあるとは言え
やっぱり一人でいるのは心細かったりもするだろうし、
お見舞いに来る方も、
(私のようにコンスタントに尋ねていれば)
徐々に心の準備が出来るから
チラッとでも顔を見に来てあげたらいいと思うよ。」
と言われた。






来週11日はshinさんの誕生日。



私に出来ることはないのだろうか。






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